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岐阜家庭裁判所多治見支部 昭和63年(家)266号 審判

申立人 李長順(三井太郎)こと

宋秀明

主文

昭和33年4月6日島根県○○郡○○村長宛届出にかかる夫・李長順、妻・朴昭姫の婚姻届書中、(一)欄の「朝鮮慶尚南道○○郡○○○」とあるを「韓国忠清南道○○郡○○○」と、(二)欄の「李長順」とあるを「宋秀明」と、(三)欄の「1928年2月17日」とあるを「1922年10月5日」と、(十)欄の「(三井)李長順」とあるを「(三井)宋秀明」とそれぞれ訂正することを許可する。

理由

1  申立の趣旨及びその実情

(1)  申立の趣旨

主文同旨

(2)  申立の実情

申立人は、1922年10月5日生れの韓国籍の宋秀明であるが、無学文盲であるところ、昭和17年日本に来て飯場で働いていた際、飯場頭が外国人登録証を作つてくれたが、同証に記載されている自分の氏名が宋秀明と信じていた。そこで婚姻届も同証に記載されている氏名、生年月日でなしていた。ところが、昭和58年3月韓国墓参団に参加して韓国の故郷に帰つたところ、親族から外国人登録証記載の氏名、生年月日がちがう旨の指摘を受け、初めてこのことを知つた。よつて、上記婚姻届記載の氏名、及び生年月日は事実と異るので、その訂正の許可を求める。

2  当裁判所の判断

(1)  本件記録によると、以下の事実が認められる。

(イ)  申立人は、韓国籍(元朝鮮籍であつたがその後韓国籍に変更)であるが、昭和17年徴用により日本に来て炭鉱で働き、終戦後は飯場で土工として稼働していた。ところで申立人は、自己の氏名を「○○・○○○○○」と名乗つていたが、全くの文盲であり、自己の氏名すら読み書きできず、稼働先の飯場頭が「李長順」という氏名で外国人登録をしてくれたが、外国人登録証には自己の氏名が記載されているものと信じて疑わなかつた。

(ロ)  しかして申立人は、昭和32年島根県○○郡○○村で韓国籍の朴昭姫と結婚し、昭和33年4月6日○○村長宛婚姻届をなしたが、文盲のため、当時所持していた外国人登録証により妻の親族に婚姻届の所要事項を記載してもらつた。

その結果、上記婚姻届上は、夫の氏名として「李長順」と、その本籍として「朝鮮護尚南道○○郡○○○」と、生年月日として「1928年2月17日」と、届出人の夫の氏名として「(三井)李長順」と各記載されるに至つた。

(ハ)  ところで申立人は、昭和57年、韓国居留民団岐阜県○○支部の企画による墓参に参加し、韓国の郷里に帰省したが、その際再会した申立人の親族から外国人登録証の氏名がちがう旨の指摘を受け、これを初めて知つた。しかして、申立人の戸籍によれば、申立人は、本籍を忠清南道○○郡○○○○○○×××番地とする1922年10月5日生れの宋秀明と記載されている。

(二) そこで申立人は、昭和58年、外国人登録の訂正申立を○○市長になしたところ、法務省入国管理局の調査を経て、昭和61年4月17日同登録原票の申立人の氏名、生年月日、出生地につき上記戸籍の記載に副う訂正がなされた。なお、申立人は、その頃国籍を朝鮮籍から韓国籍に変更した。

(2)  ところで、外国人同士が日本で婚姻する場合は、日本の戸籍法に従つて婚姻届をしなければならず(法例13条1項、戸籍法25条2項)、この場合戸籍に記載されることはないが、その届書は市町村長において保管され(戸籍法施行規則50条)、当該外国人の婚姻関係を公証する資料となるものである(戸籍法48条)。

したがつて、外国人間の婚姻届書類は日本人における戸籍による公証にも比すべき重要な証明書類であるから、その記載に誤りがありそれが無効であることを発見した場合には、それが婚姻関係という身分関係に関する事項であることに鑑み、その届出人たる外国人は、戸籍法114条の類推適用により家庭裁判所の許可を得て届書の訂正を申請することができるものと解すべきである。

これを本件についてみるに、上記認定の事実によれば、届出人たる申立人は自己が全くの文盲であつたことから、全く別人の氏名で婚姻届を結果的になしてしまつたことが明らかであり、同届による婚姻は無効であるというべきであるから、同届書の婚姻当事者たる夫の氏名、生年月日、本籍を上記認定にかかる申立人のそれらに訂正することを許可するのを相当とする。

(3)  よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 園田秀樹)

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